『 黒い時計の旅 』  

 

本を読んで、おもしろいなぁと思うことは多いけれど、物語の流れに引き込まれ、ページをめくる手が止まらなくなる本に出会えることは、そう多くはない。「黒い時計の旅」はまさしくそんな本だった。

 

ヒトラーのためにポルノグラフィーを書く作家バニングが、第二次世界大戦にドイツが勝利し戦争が続いているもう一つの世界と現実の世界という、二つの平行する世界を行き来する物語。と、こんな大まかなあらすじでは全くこの本の魅力は伝えられない。

 

もちろん、この設定もとても興味深いのだけれど、何より、エリクソンの作り出した二つの世界は、どちらも見たことのない世界のはずなのに、映画のシーンのように想像することができる。作り込まれた世界に入り込んで、物語の流れに引き込まれ、抜け出せなくなる感覚。

 

そして、次々と繋がりながら登場する人々もミステリアスで魅力的だ。彼らは実に様々なものを生まれながらに背負っている。出生が途中で明らかになるバニング、男に死を与える踊りを踊るデーニア、その息子マーク、などなど。人はなぜ、こんなにも様々なものを背負い、生きていくことになるのだろう。それが、人生の面白いところなのだろうけど。

 

さらに、彼らの人生は、歴史の大きな流れの中を流されていく。特に、戦争に巻き込まれていくことは、戦争経験のない私からすると何か大きな意味を持つことのように感じる。ただそれは、現在も同じことなのかもしれない。逆らえない、把握もできない、大きな流れに流されながら、その中で生きていくしかないなのだなぁと改めて考える。

 

この物語の最後の場面は、広がる静寂の中に、一筋の諦観が漂う。そんな人生を一つでも多く知りたくて物語を読み続けているのかもしれない。

 

『黒い時計の旅』 スティーブ・エリクソン 訳:柴田元幸